老後の「もしも」に備える:自分で決める安心の将来設計
将来の「もしも」への漠然とした不安を安心に変えるために
人生百年時代と言われる今、私たちは長く豊かな老後を過ごすことができるようになりました。一方で、年を重ねるにつれて、「もしも自分が病気で判断能力が衰えてしまったら、お金の管理はどうなるのだろうか」「介護や医療に関する大切なことを自分で決められなくなったら、誰がどうしてくれるのだろうか」といった、将来への漠然とした不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
将来への備えは、自分自身が安心して日々を過ごすため、そして大切なご家族に負担をかけないためにも、とても重要なことです。この記事では、判断能力が衰える前に「自分でできる将来への備え」について、基本的な考え方といくつかの方法を分かりやすくお伝えします。
判断能力が衰えると、どんなことが心配になるのか?
判断能力が十分でなくなった場合、ご自身だけで行うことが難しくなることには、以下のようなものがあります。
- お金の管理: 年金の受け取り、公共料金や税金の支払い、預貯金の出し入れといった日々の financial transactions (お金のやり取り)が難しくなります。
- 大切な契約: 介護サービスや医療サービスの契約、施設の入所契約、不動産の売買や管理など、ご自身の生活や財産に関わる重要な契約ができなくなります。
- 財産の管理: 不動産やその他の財産を適切に管理したり、不要なものを整理したりすることが難しくなります。
- 手続き: 役所での様々な手続きや、相続に関する手続きなどが必要になった場合に対応できなくなります。
これらのことができなくなると、ご自身の財産が適切に管理されなかったり、必要なサービスを受けられなくなったりする可能性があります。
「もしも」に備えるための主な選択肢
将来、判断能力が衰えてしまった場合に備えるための仕組みがいくつかあります。大きく分けて、「自分で事前に決めておく方法」と、「後から裁判所が決める方法」があります。
ここでは、「自分で事前に決めておく方法」を中心に、その考え方と、どのようなものがあるのかを簡単にご紹介します。
1. 任意後見制度(にんいこうけんせいど)
これは、将来、判断能力が不十分になった場合に備えて、「誰に」「どのようなこと(財産管理や生活、介護、医療などに関する手続きなど)」をお願いするかを、ご自身が元気なうちに契約で決めておく制度です。
- ポイント:
- ご自身の意思で「誰にお願いするか(任意後見人)」や「どのような内容をお願いするか」を自由に決めることができます。
- この契約は「公正証書(こうせいしょうしょ)」という、公証役場で公証人が作成する信頼性の高い文書にします。
- 実際に任意後見が始まるのは、ご本人の判断能力が不十分になったと判断された後、家庭裁判所が「任意後見監督人(にんいこうけんかんとくにん)」という人を選任してからです。任意後見監督人が、任意後見人が適切に仕事をしているかをチェックします。
任意後見制度を利用することで、「自分がお願いしたい人に、希望する内容で」財産管理や生活に関する手続きを任せることができるため、ご自身の希望に沿った形で将来の安心を確保しやすくなります。
2. 財産管理等委任契約(ざいさんかんりとういにんけいやく)
これは、任意後見制度よりも広い範囲で、「判断能力が十分なうちから」、または「判断能力が不十分になった後」の財産管理や生活に関する事務などを、信頼できる人に委任する契約です。
- ポイント:
- 契約の内容は比較的自由に決めることができます。
- 委任する相手も自由に選べます。
- 任意後見制度と異なり、家庭裁判所の関与は原則としてありません(ただし、任意後見制度とセットで契約することもあります)。
- 判断能力があるうちから利用を開始することも可能です。
財産管理だけでなく、例えば入院の手続きや施設の見学、親族との連絡など、幅広い事務を委任することも可能です。
3. 家族信託(かぞくしんたく)
ご自身の財産(特に不動産やまとまったお金)を、信頼できるご家族(子など)に「信託(しんたく)」し、そのご家族が「信託契約」であらかじめ定めた目的に従って、ご本人のため、あるいはご家族のために、その財産を管理・運用・処分してもらう仕組みです。
- ポイント:
- ご自身の財産を、ご自身の希望する形で、ご自身やご家族のために活用してもらうことができます。
- 判断能力が不十分になった後の財産管理だけでなく、相続発生後の財産の引き継ぎについても、契約であらかじめ定めておくことができます。
- 裁判所の手続きが不要なため、比較的柔軟な財産管理が可能です。
- 専門家(司法書士や弁護士など)のサポートを受けて、契約内容を慎重に検討・作成する必要があります。
ご自身の財産を「どのように引き継ぎ、どのように活用してほしいか」について、柔軟な設計をしたい場合に有効な方法の一つです。
もし、何も備えをしていなかったら?(法定後見制度)
もし、将来、判断能力が不十分になってしまい、かつ、上記のような事前の備え(任意後見契約など)をしていない場合は、ご本人やご家族などが家庭裁判所に申し立てて「法定後見制度(ほうていこうけんせいど)」を利用することになります。
法定後見制度では、家庭裁判所がご本人の状況に応じて、後見人、保佐人(ほさにん)、補助人(ほじょにん)を選任します。選ばれた後見人等は、ご本人の財産管理や身上監護(介護サービスや医療に関する手続きなど)を行います。
法定後見制度は、ご本人の保護を目的とした制度ですが、後見人等を選ぶのは裁判所であり、必ずしもご自身の希望する人が選ばれるとは限りません。また、財産の使い道などについても、法律や裁判所の監督のもとで行われるため、事前の備えに比べて柔軟性に限りがある場合もあります。
何から考えれば良いのか?相談先は?
将来への備えについて考えることは、ご自身のこれからの人生設計を考えることでもあります。すぐに全てのことを決める必要はありません。まずは、以下のようなことから始めてみてはいかがでしょうか。
- ご自身の状況や希望を整理してみる: どのようなことに不安を感じるのか、将来、誰にどのようなことをお願いしたいのかなど、漠然としたものでも良いので考えてみましょう。
- 信頼できる人に相談してみる: ご家族や親しい友人など、信頼できる人に日頃からご自身の考えや不安について話してみることも大切です。
- 専門家や公的な窓口に相談してみる: 将来への備えに関する制度はいくつかあり、ご自身の状況によって最適な方法は異なります。分からないことや、より詳しい情報を知りたい場合は、専門家や公的な窓口に相談することをお勧めします。
主な相談先
- 地域包括支援センター: お住まいの地域の高齢者の生活を様々な面からサポートしてくれる公的な窓口です。将来への不安や、どのような制度があるかなど、まずはここで相談してみるのも良いでしょう。
- 弁護士、司法書士、行政書士: 任意後見契約や財産管理等委任契約、家族信託などの専門家です。ご自身の状況に合わせて、どのような制度が利用できるか、具体的な手続きはどうなるかなど、専門的なアドバイスを得られます。
- 信託銀行、士業事務所などが提供する窓口: 家族信託などに関する相談を受け付けている場合があります。
相談する際は、複数の専門家や窓口の話を聞いてみるのも良いかもしれません。
まとめ
将来、判断能力が不十分になった場合に備えることは、ご自身が安心して生活を続けるため、そして大切なご家族が困らないようにするために、とても有効な手段です。任意後見制度や財産管理等委任契約、家族信託など、いくつかの方法があり、それぞれに特徴があります。
どの方法がご自身の状況に合っているかは、財産の状況、ご家族の状況、そしてご自身の希望によって異なります。焦る必要はありませんので、まずは「このような備えがあるのだな」ということを知っていただき、少しずつ、ご自身の将来について考えてみる時間を持っていただければ幸いです。
もし分からないことや不安なことがあれば、一人で抱え込まず、信頼できるご家族や、ご紹介したような専門家・相談窓口にぜひ相談してみてください。ご自身で将来への備えを始めることが、安心につながる第一歩となるでしょう。