安心のために:知っておきたい「遺言書」のやさしい基本
老後の安心につながる「遺言書」について
将来のこと、特に大切な財産や、ご自身の亡き後のことを考えると、漠然とした不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。こうした不安の一つに「相続」があります。残されたご家族が、相続を巡って困ったり、争ったりすることなく、円満に手続きを進められるか、といったご心配です。
このような不安を和らげ、ご自身の意思をしっかりと伝えるための有効な手段の一つが「遺言書」です。遺言書と聞くと難しく感じるかもしれませんが、その基本的な考え方や種類を知ることは、老後の安心につながります。
この記事では、遺言書がなぜ大切なのか、どのような種類があるのか、そしてその基本的なことについて、分かりやすくご説明します。
なぜ「遺言書」があると良いのでしょうか?
遺言書は、ご自身の亡き後に、誰に、どのような財産を、どのように分けるかなど、ご自身の意思を法的に有効な形で残すための文書です。なぜ遺言書を作成することが推奨されるのでしょうか。
主な理由としては、以下の点が挙げられます。
- ご自身の希望通りに財産を分けられる: 法定相続分という民法で定められた割合はありますが、遺言書があれば、ご自身の「この財産は特定の人に引き継いでほしい」「お世話になった人に少し渡したい」といった希望を反映させることができます。
- 相続手続きをスムーズに進められる: 遺言書がない場合、相続人全員で遺産分割協議(話し合い)を行い、誰がどの財産を相続するかを決めなければなりません。意見がまとまらないと時間がかかったり、トラブルになることもあります。遺言書があれば、原則として遺言書の内容に従って手続きが進められるため、ご家族の負担を減らし、スムーズな相続につながります。
- ご家族へのメッセージを残せる: 遺言書には、財産に関することだけでなく、ご家族や大切な方々への感謝の気持ちやメッセージを添えることもできます。これは、残された方々にとって大きな心の支えとなることでしょう。
- 相続人以外の方に財産を贈りたい場合: 法定相続人ではない方(例えば、お世話になった友人や特定の団体など)に財産を渡したい場合、遺言書がなければ原則として実現できません。
このように、遺言書は単に財産を分けるためだけでなく、ご家族の負担を減らし、ご自身の思いを伝えるための大切なツールと言えます。
遺言書にはどんな種類があるの?
遺言書にはいくつかの種類がありますが、ここでは一般的に利用されることの多い二つの種類をご紹介します。
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自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)
ご自身で全文、日付、氏名を書き、押印して作成する遺言書です。特別な費用がかからず、いつでも書き直せる手軽さが特徴です。 ただし、法律で定められた形式に沿って書かれていないと無効になってしまうことがあります。また、保管場所に気をつけないと、紛失したり、発見されなかったり、悪意のある人に改ざんされてしまうリスクも考えられます。 【補足】 最近では、財産目録についてはパソコン等で作成できるようになるなど、要件が緩和されていますが、本文はご自身の手書きが原則です。
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公正証書遺言(こうせいしょうしょゆいごん)
公証役場で、公証人という法律の専門家が、ご本人から聞き取った内容を文章にし、証人二名以上の立ち会いのもとで作成する遺言書です。 作成には手数料がかかりますが、法律の専門家が関わるため、形式の不備で無効になる心配がほとんどありません。また、原本は公証役場で保管されるため、紛失や改ざんの心配がなく、安心です。亡くなった後の手続き(検認、後述)も原則不要です。 【補足】 公証人とは、裁判官や検察官、弁護士などを長年務めた法律の専門家で、公正証書を作成する権限を持っています。
どちらの形式が良いかは、財産の内容やご自身の状況、求める安心感などによって異なります。手軽さを重視するなら自筆証書遺言、確実性や安全性を重視するなら公正証書遺言が考えられます。
遺言書の基本的な書き方・作成方法
ここでは、それぞれの遺言書について、簡単な流れをご説明します。
自筆証書遺言の場合
- 内容を決める: 誰に何を渡したいかなど、遺言の内容を具体的に決めます。財産を正確に把握しておくことが大切です。
- ご自身で書く: 遺言書の全文、日付、氏名をすべてご自身の手で書きます。(財産目録はパソコンでも可)
- 押印する: 氏名の隣に押印します。認印でも構いませんが、実印の方がより確実とされています。
- 保管する: 書き終わった遺言書は、信頼できる人に預けるか、または法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用して安全に保管してもらうことができます。この制度を利用すれば、保管場所の心配がなくなり、検認(後述)も不要となります。
公正証書遺言の場合
- 内容を決める: 自筆証書遺言と同様に、遺言の内容を具体的に決めます。
- 公証役場に相談・予約: 最寄りの公証役場に相談し、必要書類(財産に関する資料、相続人の情報など)を確認して予約を取ります。
- 公証人と打ち合わせ: 公証人と何度か打ち合わせを行い、遺言書の内容を固めます。
- 作成当日: 作成日には、公証役場に証人二名以上と共に出向きます。証人は、相続人など利害関係のない人が務める必要があります。公証人が遺言の内容を読み上げ、ご本人、証人、公証人が署名・押印して完成です。
公正証書遺言の場合、証人を探すのが難しい場合もありますが、公証役場で紹介してもらうことも可能です。
知っておきたい注意点:「検認」と「遺留分」
遺言書については、知っておいていただきたい点がいくつかあります。
- 検認(けんにん): 自筆証書遺言の場合、発見されたらすぐに開封して内容を実行できるわけではありません。家庭裁判所に提出して「検認」という手続きを受ける必要があります。(公正証書遺言や法務局で保管されていた自筆証書遺言は検認不要です。)検認は遺言書の存在とその内容を確認し、偽造・変造を防ぐための手続きであり、遺言書が有効かどうかを判断するものではありません。
- 遺留分(いりゅうぶん): 兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者、子、親など)には、遺言書の内容にかかわらず、最低限相続できる割合が民法で保障されています。これを「遺留分」といいます。遺言書で遺留分を侵害する内容が書かれていても、その遺言書が無効になるわけではありませんが、遺留分を侵害された相続人から請求(遺留分侵害額請求)を受ける可能性があります。遺言書を作成する際は、この遺留分にも配慮することが、相続人間のトラブルを防ぐためにも大切です。
遺言書の内容に不安がある場合や、複雑な事情がある場合は、弁護士や司法書士などの専門家に相談することも考えてみましょう。専門家は、ご自身の状況に合わせて適切なアドバイスやサポートをしてくれます。
遺言書作成は安心への一歩
遺言書を作成することは、ご自身の意思を尊重してもらうためだけでなく、残されるご家族が困ることなく、スムーズに手続きを進められるようにするための思いやりの形でもあります。
遺言書というと、ご自身の「終わり」を意識するようで抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、これは大切な方々への「未来への贈り物」と捉えることもできます。
遺言書について考えることは、ご自身の人生を振り返り、大切な方々との関係性を再確認する機会にもなります。完璧を目指す必要はありません。まずは「どんなことができるのだろうか」と、少しずつ調べてみることから始めてみましょう。
この情報が、皆様の老後の安心につながる一助となれば幸いです。